2012年01月08日

流浪の民(12)

聞いた話だと、彼らは船造りの際に鉄釘を使わないという。

鉄が無いのではない。

鉄が無くて鉄釘の代わりに気の釘を使うのとは違い、
複雑な寄木細工のような船だという。

「釘などに頼るから水の力に負けるのだ」そうだ。

寄木細工の箱は見たことがあるが、それを巨大な船に
応用することが可能だとは俄かには信じられなかった。

この目で見るまでは。

造船所は特に秘密にするでもなく、大勢の職人が作業を
しており、中には鉄釘を使った船もある。

むしろ、言われなければ寄木細工の船だとはわからない。
なるほど、木を隠すなら森、人を隠すなら人の群れ、
船を隠すのは造船所である。

木と木を繋ぐものがあると、そこが船の弱点となるため、
つなぎ目を一定にしないことで船の強度を出すのだそうだ。

ふの複雑怪奇な石でも出来るとう話を、語り部からきいた
ことがあるが、そうした特別な技術は先祖代々受け継がれ
より精度を高めて次世代に伝えてきたのだろう。

釘を使わないこれらの船は、この国の帝も知らないという。

「あなた方は、この船をいつ、何のために、そして誰のために
使うのですか?」

答えが得られることを期待せずに、私は造船所の棟梁と思しき
人物に聞いてみた。
ニックネーム 日本人 at 13:32 | 小説・FUHITO

2011年12月05日

流浪の民(11)

本音を言うと、私はあまり彼らに依存したくはなかった。

彼らに裏切られた過去があるわけではないが、彼らと我々との間には、相容れない分厚い壁があるのを感じている。

それは暗黙の了解として、共に生きようとも心許すなと、太古の昔より内々に受け継がれてきた教えでもある。

おそらくは彼らもそんな我々の中にあるわだかまりを知っているのだろう。

彼らはきわめて優秀な一族である。

それは認める。

金属の加工、治水技術、養蚕など、さまざまな分野で技術提供をしあい、お互いに高めあってきたのだから。

何より彼らはこの土地の人間どもに比べると、格段に信頼にたる一族である。

私はいまさら気持ちを変えるつもりはなかったが、敢えてぶつけてみた。

「あなた方のご先祖の伝説はよく知っているが、今に至るまで・・・」

そういいかけた時、睨み付けられ私は口をつぐんだ。
これ以上言ってはいけないのだ。

その代わり、こう切り出した。

「では、船造りだけでなく、水軍そのものを作ることは可能ですか?」

答えは早かった。

「もちろんですとも。船も水軍も、私たちならば造作もないこと。私が懇意にしている男で、まさに適任と思われる男がありますが、お会いになりますか?」

私に異存のあろうはずもない。
ニックネーム 日本人 at 14:59 | 小説・FUHITO

2011年11月25日

流浪の民(10)

水軍のための造船技術など、あなたたちにあるのか。

私は失礼を承知で彼らにそう問いかけた。

すると返ってきた答えはこうだったのだ。

「われわれの先祖は、世界が洪水で水没した時に
船を造り生き残ったものなのですよ。
その技はより高めながら今に継承されているのですから。」

なるほど、確かにそのような伝説があった。
私は納得したわけではないが、時間がなかった。
自らに言い聞かせ、そして彼らを信じて、船作りを託すことにしたのだ。

水軍は同属ではないにせよ、われわれを裏切る
可能性の低い種族であること信じることにした。

それが本当かどうか、誰にもわからない。
でも、人生は賭けの連続なのだ。

船はそれでよい。
あとは、つなぎとなる水軍を指揮する指揮官が必要だ。

これに関してはなんの智慧も人脈もなかったわれわれは、
人探しをしなければならなかったのだ。
ニックネーム 日本人 at 00:00 | 小説・FUHITO

2011年10月16日

流浪の民(9)

残る側と旅立つ側を繋ぐ者が必要だった。

われわれには水軍があるが、造船技術は
わが国のものを以ってしても、あの海域を
渡りきることは困難だと思われる。

水軍の強化のためには、他国の者と手を
結ぶ必要がどうしてもある。
しかも、最も重要な「つなぎ」であるため
信頼できるものたちでなければならない。

それが難しかった。
もっとも難しかったのだ。

ところが、意外なところに候補者が居た。

われわれの先祖が帝国を築いていたころ、
われわれの庇護の下にあった者達に、その
技術があったのだ。

彼らを信頼できるかどうか、一つの賭けでは
あった。

恩を仇で返す可能性がゼロではないからだ。
ニックネーム 日本人 at 00:00 | 日記

2011年08月02日

流浪の民(8)

戦が始まる前に、私たちは移動を開始することにしたのだが、この時ばかりは余所者であることが役に立った。
職業部の者は、大した詮議もなく門外へ出ること、また入る事も土地の者よりも緩いからだ。
しかも私の場合は、通行手形が無くとも、ほぼ顔で通り抜ける事ができる。
それほど信頼されていたのである。

私を信頼し、取り立ててくれたこの地の長は、まもなく戦に巻き込まれ、土地の整備どころではなくなるだろう。私たちの存在は忘れられていくのだ。

幸い我々は武器造りには携わってこなかったが、戦が始まってしまえば土木工事や橋の破壊と再生、地下道の建設など、気乗りのしない作業を強いられるだろう。
もし籠城するようなことがあれば、井戸の掘削も仕事の一つだ。
だが、食料の在庫が途切れた時は、我々も餓死するしか道はない。

そうなる前に、逃げだすのだ。
卑怯と言われようと、余所者の我々がこの国の為に命を賭して仕える義務はない。

冷たいようだが、技術は未来の為にあるのだ。
我々は次の世代に技術を継承していくと決めたのだ。
そこに生きる意味があると信じているのだから。
ニックネーム 日本人 at 22:27 | 小説・FUHITO

2011年07月15日

流浪の民(7)

水源に砒素が仕込まれてしまったのだ。

いずれ自分達のものとなる土地の水源に毒を盛るとは、愚かにもほどがある。
無知な為政者は、そうした場合の新たな水源の確保が簡単にできるとは思っていないだろうに、一言命令すれば何とかなると考えているのだ。

そんな無理難題を解決するのは、いつでも私たちの仕事だ。
そして、私たちはそんな世の中にうんざりしていた。

久しぶりに顔を合わせた我々は、一通り鬱積した不満を吐き出す必要があった。
問題点を再認識する意味でも、最優先とすべき問題が何かを把握する意味でも、それは必要だったと思う。

話し合いは何年にも及び、意見が出し尽くしたかに思われても決して煮詰まる事もなく、これと云った解決方法が見つからないままいたずらに時が過ぎた。

その間にも、新しい為政者の下、上級余所者技術者集団としての地位を確立していった。

そしてついに私たちは分裂することに決めたのだ。
この結論に至まで、議論は白熱し、時には反対意見を罵倒することもしばしばだった。

けれども、粘土質の土地に田畑を作れと帝に命じられた時、結論はこれしかない、と我々の誰もが思ったのだ。

分裂と言っても喧嘩別れなどという幼稚な話ではない。
敢えて残るものと開拓するものに分け、両者を繋ぐ連絡網を作ることで、活動範囲を少しずつ広げていくことにしたのだ。
ニックネーム 日本人 at 00:00 | 小説・FUHITO

2011年07月05日

流浪の民(6)

果たして、私の懸念は当たってしまった。

我々からみたら、旧政権を滅ぼした勢力も、旧体制とそれほど違いはなかった。
同じように戦をするしか脳のない輩に見えた。

恐らく、新たな為政者もいずれ戦の果てに滅ぼされ、他の同じような猿が玉座に座るのだろう。
首をすげ替えただけで、農民たちにしてみれば何ひとつ変わりはない。
その点では、農民達と我々は煮え湯を飲まされると言う点では、同じだと言える。

もう、何百年も我々は同じ事を繰り返してきたのだ。
そろそろ、この希望の無い世界から脱却したかった。

我々は同族会議などというものを滅多にしない。
だが、この時は自然発生的に話し合いの場が生まれたのだ。
そもそもは疎開先での質素な食事の席でそれは始まった。

「いつまでも、こんなこと繰り返していられませんよ」
働き盛りの年の頃は35、6の男が口にすると、堰を切ったように、皆が各々のやりきれなさを訴えだした。

「灌漑用水路もメチャクチャに破壊されてしまいましたよ。もう一度同じことをしろと言われても、水源があれでは…」

とため息をつくものもある。
ニックネーム 日本人 at 00:00 | 小説・FUHITO

2011年06月21日

流浪の民(5)

私の中には、既に諦めに似た思いがあった。

これまで、遠い先祖の時代から幾度と無く繰り返してきた。
私の体の中に、その記憶が染み付いているのかもしれない。

恐らく地位も財産も失うことになるたろう。

新たな為政者との間に信頼関係を築くところから始めるのだ。

それもこれも、私達が余所者であり、政治に興味を持たない一族だからなのだが、もし余所者でなかったら、恐らく生き残るのは難しかったかも知れない。

我々は余所者であるわずかな利点に甘んじて生き伸びて来た。
どこにも行かずに済むために、野心を持たずに生きて来た。

この野蛮な世界の中で、戦いに巻き込まれずに存在し続けるためには、欲がないと思わせる必要があったのだ。

勿論欲がないわけはない。
そして不満だらけだ。

この土地の人間どもと来たら、無知で野蛮で不潔過ぎる。

もし私がこの世界を己の思うまま支配できるのなら、まず風呂に入らぬ者への罰則を真っ先に考えるだろう。

我々の思い通りになる国を作りたい。
どこにも行かなくてもよい、自分達の国、これが我々一族の悲願なのだから。
ニックネーム 日本人 at 21:58 | 小説・FUHITO

2011年06月08日

流浪の民(4)

そんな思考に捕らわれていると、妻が私に向かって話しかけながら廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。

「おまえさま、今声をかけても良い?」

私の返事を待たずに妻は部屋に入ってきた。
いつものことである。
搾った檸檬に蜂蜜を混ぜた水が目下妻のお気に入りで、私と自分の二人分を用意して持ってきたのだ。

「何か面白い話でも仕入れてきたのかい?」と水を向けると、立て板に水の如く、他愛のない話をし始めた。
大抵私は、時折頷いたり、相槌を打ったりして聞いているだけなのだが、この日妻がもたらした情報に、私は言いようのない胸騒ぎを感じた。

「西の方で、農民に竹槍の訓練をしているそうよ。収穫期で忙しいのに、何かあるのかしらね?」
「農民に? それは尋常じゃないね。」
「でしょう。戦があるんじゃないかって、もっぱらの噂なのよ。」

災害や戦争の噂が一度巷に流れると、人々は大抵後ろ向きな将来像を思い描き、それによって連帯感を持つようである。

噂通の妻は、いつも多くの人々よりも先に情報を入手する。
戦があるという噂は、たちまち広がるだろう。

そう、戦があるのだろう。
ただでさえ忙しい時期に、農民兵を養成するわけがない。
間違いない。

もし内乱が起きたらどうなるのだろう。
私達がこれまで築き上げてきた職業部としての地位や信用は?
ニックネーム 日本人 at 14:58 | Comment(0) | 小説・FUHITO

2011年05月23日

流浪の民(3)

父が存命の頃、私は父の良い生徒だったと思う。

我が家は代々、建築や治水の専門家としてその技術を受け継いで来た。

血族ではないが、同胞の多くは養蚕や鍛冶、螺鈿細工の技術を継承しており、この国では重宝がられているのだが、どの階級に属するのやら。
いつまでたっても、この国の縦社会の体制の外側に我々は追いやられたままなのだ。

これほどまでに技術や教育で貢献していても、従姉の様にこの国の民になることはできないのが、なんとも歯がゆい。

ここでは余所者に対して寛大ではあるが、溶け込むことは許さない。

一体何が違うというのだ。

ここの民も、元を辿ればみな異なる土地からやってきたのだろうに。

それが証拠に、山一つ越えただけで、川の向こう岸へ渡っただけで、言葉が通じないこともあるではないか。

それでも同胞というのなら、我々だけが余所者で居続けるどんな理由があるというのだ?

服装も食文化も土地のものと同じにしてきた。

容姿の違いか、食べ物か、体臭か、それとも信じる神か…。

我々の何かが「異邦人」として位置づける特徴があるのだろう。
ニックネーム 日本人 at 01:36 | 小説・FUHITO